2022年にようやく
双葉町の避難指示が解除になった。
それまで町民は0人だった。
2022年なんて、
つい最近の出来事だ。
そんなことも知らなかった。
福島で作られた電力で生活していた、
首都圏の人間なのに。
あの日、
水蒸気爆発で原子炉建屋が吹っ飛んだのを、
昨日のように覚えている。
あれから15年たって、
私はやっと福島浜通りに来た。
土砂降りの雨の中、
娘と二人で浪江から双葉まで歩いた。
海の近くには家はなく、
広い土地一面に
松が植林されていた。
その中に突然現れた
震災遺構の浪江町立請戸小学校。
その校舎の大きさに驚く。
この広い校舎が埋まるくらい
たくさんの子供が
ここに住んでいたんだ。
歩いても歩いても
景色は変わらない。
ずぶ濡れのズボンと靴から
冷気が入ってくる。
早くホテルに入って
シャワーを浴びたい。
今は6月。
15年前の3月は
どんなに寒かっただろうか。
歩いて初めて分かる何かがある。
車でその場所に降ろされただけでは、
感じ取れない何かをつかむことが出来る。
でもふくしま浜街道トレイルは、
双葉と大野の間はまだ歩けない。
常磐線に乗ることになっていて、
その区間は地図の上で
破線で示されている。
避難指示が解除されたエリアは、
まだまだごく一部にしか過ぎないのだ。
双葉駅旧駅舎の壁時計は、
あの日の2時46分で止まったまま。
そして新しい駅舎の壁には、
線量計が埋め込まれ、
赤い字で今の線量を表示している。
それが多いのか少ないのか、
私には判断できない。
天気が良かったら次の日、
大野駅から続きを歩くつもりだった。
大熊町にできた
ダイアモンド半導体の工場も見たかった。
新しい工場が色々できて、
若い人が住み始めている。
道の駅なみえのイベントには、
雨の中
沢山の家族連れが参加していた。
町は動き出している。
またここに来よう。
そしてふくしま浜街道トレイルを歩こう。
歩きながら
福島のことを考えよう。
動き出した町を感じよう。
今の私にはそれしかできないから。


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